長崎に所縁のある歴史的人物を紹介!
長崎と言えば異国情緒あふれる雰囲気でそこには様々な歴史とドラマがあります。
一人人物を選んでその軌跡を辿ってみてはいかがでしょうか?
①坂本竜馬

写真提供:(一社)長崎県観光連盟
土佐藩(現在の高知県)出身の志士で、薩摩藩と長州藩の和解=薩長同盟を仲介し、さらに幕府に政権を返上させる大政奉還を提唱。武士でありながら旧体制にとらわれず、日本の近代国家への道筋を切り拓いた存在です。
長崎では、日本初の民間貿易会社である「亀山社中」を結成。
海を越えた未来を見据え、仲間たちとともに大きなうねりをつくっていきました。
~ゆかりの地~
・長崎市亀山社中記念館
~坂本龍馬が立ち上げた日本初の貿易会社跡に建てられた記念館、当時の記録や遺品を見ることができます
・坂本龍馬之像
~記念館近くの高台にある坂本龍馬像、写真撮影には持ってこいです。
・龍馬のぶーつ像
~なんと実際に足を入れることができます!
・龍馬通り
~亀山社中に通う同志たちが登ったり下ったりした道です。実際に龍馬も歩いたかもしれません
・若宮稲荷神社
~亀山社中の近くにある朱色の鳥居が美しい神社。竜馬が社中の無事と成功を祈願したといわれており、今も旅人や歴史ファンが足を運びます。
②フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルト

写真提供:(一社)長崎県観光連盟
19世紀前半の日本の鎖国時代において、西洋と日本の架け橋となったドイツ人医師、博物学者、そして日本研究者に、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトがいます。
シーボルトは、日本の近代化に多大な影響を与えたパイオニアとして知られています。彼は、西洋の先進的な医学や自然科学の知識、文化を日本に伝え、日本の近代医学の発展に貢献しました。また、彼が収集した膨大な日本の動植物標本、文化財、そして日本の詳細な情報は、西洋に日本のことを紹介する上で貴重な資料となり、西洋における日本研究の基礎を築きました。
~ゆかりの地~
・シーボルト宅跡
~シーボルトが長崎の鳴滝に建てた私塾の跡地です。ここで日本の医者たちに西洋医学を教えていました。残念ながら現在は、台風により倒壊してしまい、2つの井戸やシーボルト手植えの木、裏山の竹林、石垣などが残されています。宅跡の中央には晩年のシーボルトの胸像があり、6月頃にはシーボルトが愛した「お滝」にちなんで名付けられたアジサイ「オタクサ」の花が咲き誇ります。
・シーボルト記念館
~シーボルト宅跡に隣接して建てられた、シーボルトの生涯と功績を紹介する記念館です。オランダ・ライデン市にあるシーボルトの旧宅をイメージした赤レンガ洋館づくりが特徴です。
・出島
~出島では、シーボルトが集めた日本の動植物標本や書籍、日本研究の資料を調べることができます。また、シーボルト事件や、彼が日本で教えた蘭学や医学に関する情報もあります。
・シーボルト通り
~シーボルトが出島と鳴滝塾を往復するために使っていたと言われる道です。
③トーマス・ブレーク・グラバー

写真提供:(一社)長崎県観光連盟
スコットランド出身の商人です。幕末から明治にかけて日本で活躍し、日本の近代化に大きく貢献しました。
~ゆかりの地~
・グラバー園
~グラバー園は、長崎・南山手の高台にある歴史的な洋風庭園で、幕末から明治初期にかけての外国人居留地を再現・保存している施設です。
・小菅修船場跡(そろばんドック)
~薩摩藩の小松帯刀、五代友厚、英国人グラバーらによる共同出資で建設された日本初の洋式スリップ・ドック(船を斜路で陸揚げする乾ドック)です。2015年に明治日本の産業革命遺産の一部として世界文化遺産に登録されています。
・高島炭鉱跡
~1868年、佐賀藩とグラバー商会が協力し、日本初となる蒸気機関利用の洋式縦坑を開削。深さ約43m、日産300トンを産出し、蒸気船燃料や伊万里焼・塩作り用燃料として重宝されました
異国情緒あふれる長崎の景観は、幕末から明治にかけて流入した海外文化の名残。
歴史の息吹を感じながら、長崎を歩いてみませんか?


